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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)9065号 判決 1969年8月19日

原告

福原秀武

外二名

代理人

山根晃

外二名

被告

サッポロビール株式会社

代理人

松崎正躬

主文

原告らの請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立て

(原告ら)

原告らがそれぞれ被告に対して雇用契約上の権利を有することを確認する。

被告は、原告福原に対し六五四、五〇〇円、同川久保に対し五九五、〇〇〇円同芦田に対し五九二、〇〇〇円を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決と第二項につき仮執行の宣言

(被告)

主文同旨の判決

第二、原告らの主張

(請求原因)

一、被告はビールその他の飲料の醸造・製造・販売を業とする会社であるところ、原告福原は昭和四〇年二月一日、同川久保は同年二月五日、同芦田は同三八年一二月二日それぞれ被告会社目黒工場に入社し、福原はクリーニング工川久保はビール仕上工、芦田は缶ビール工として勤務してきた。ところで、原告らはいずれも臨時工として期間を形式的に六ケ月(のちに福原、川久保については二ケ月)、賃金は日給と定めて雇用され、その後引き続いて契約更新がなされてきたところ、被告会社は、同四一年二月二六日原告らに対し、形式的な期間満了日(福原、川久保については同年四月二〇日芦田については同年六月二〇日)限りで解雇する旨の契約更新拒絶の意思表示をした。<以下省略>

理由

一請求原因第一項の事実は、雇用期間の定めが形式的であることおよび原告らとの契約更新が引き続いてなされた点を除いて当事者間に争いがなく、本件で問題とされている原告らと被告会社間の労働契約が、福原は昭和四一年二月二一日付契約により同日から同年四月二〇日まで、川久保は同年二月二八日付契約により同日から同年四月二〇日まで、芦田は同四〇年一二月二〇日付契約により同日から同四一年六月二〇日までと定められていたところ、会社が福源、川久保に対し同年三月一八日付、芦田に対し同年五月一六日付で、それぞれ右終期到来とともに契約期間は終了する旨の解雇予告をかねた更新拒絶の意思表示をあらためてしたことは、右期間の定めが法律的に意味があるかどうかはともかくとして、弁論の全趣旨から原告らにおいて明らかに争わないものと認められるので、これを自白したものとみなすべきである。

二そこで、本件労働契約が右期間満了により終了するものであるかどうかを判断する前提として、右労働契約の性質について検討する。

(一)  当事者間に争いのない事実<及び証拠>を綜合すると、次の事実が認定でき、前掲各証拠中右認定に反する部分は採用しない。

被告会社目黒工場では、ビールの季節的需要の増減等に対応し、本工の補給源を確保する意味からして、原告らの入社する以前から相当数の臨時工を常時雇用し、主として倉庫課、製造課の現場に配置して本工と同一の生産工程に組み入れ、原則として本工の補助的作業に従事させてきたところ、原告らの入社時頃からは前記補給源の確保の必要性が重視され、毎年二〇名ないし三〇名程度が本工登用試験により本工に採用され、新規本工採用人員の大半を占めるようになつた。しかし、臨時工は本工登用を前提としたいわゆる試用採用ではなく、本工とは異なり、会社と本工組合間の労働協約の適用はなく、臨時労務員就業規則が適用された。会社が臨時工を採用するに当つては、本工とは異り、必要のある都度簡単な面接、身体検査だけで採用し、同四一年一月以前は契約期間は六ケ月、その後は二ケ月の各範囲内で雇用期間を明示した臨時労務員労働契約書を徴し、入社後各人に手交する「勤務のしおり」中において、契約期間は更新されるが引き続き一年を超える更新はしない旨明記していたところ、会社担当者は採用時「真面目に働いておれば何日までも働いてよい」旨の口頭説明をしたりした。そして契約を継続する場合にも、入社時と同様の契約書を期間満了日にその都度徴するよう努め、入社後一年を経過した場合、該当者中約二割が引き続き就労を希望するため、二週間の中断期間を置いて再採用する形式を採用してきた。しかし、右希望者には中断期間満了日に再採用する旨あらかじめ内示し、再採用を希望しない者に対しては、五日ないし三〇日分の賃金相当額の退職金と賞与の精算分が支給されたのに反し、再採用希望者にはこれらの金員は支給されず、中断期間の始期に接着する三日分と終期に接着する四日分について賃金相当額が支給され、賞与については前後の期間を通算する取扱となつていたため、臨時工の間では、右期間は休暇期間として受け取られてきた。もつとも、かようにして雇用が継続する場合も、男子の場合入社後三年を限度とする会社の方針に基づき、従来三年を超えて雇用される事例はなかつたところ、右方針は同四〇年秋頃までは臨時工間に必らずしも徹底しておらず、原告らも当時までこのことを知らなかつた。

(二)  前記認定事実と冒頭一で述べたところによると、原告らを含む臨時工は、その雇用理由の面等からみて、特定の期間臨時的な作業のため雇用されたものではなく、本工の補給源を確保するとともに、景気ないし季節的需要の変動に備えて、本工の労働力の不足を補填するため、一定期間を限つて労働契約を締結したものであると解するのが相当である。

三原告らは、長期雇用を予定されて入社したものであるから、労働契約締結の当初から期間の定めがなかつた旨、また、契約の当初はともかくとして、その後契約は反覆更新されているから、本件更新拒絶の意思表示当時は期間の定めのない契約に転換していた旨主張するが、前記認定事実から右主張事実を推認することは困難であり、他にこれを肯認できる資料はなく、単に期間の定めのある労働契約が反覆更新されたという外形的事実から、契約が期間の定めのないものに転換されたと解すべき理由に乏しい。

もつとも、被告会社において、臨時工制度に藉口して、なんら合理的理由がないのに形式上短期間を定めた労働契約を締結し、これを反覆することにより労働法規の適用を免れようとする意図がある場合は、原告ら主張の公序良俗に反し無効となる余地はあるが、被告会社における臨時工の有期労働契約の脱法性を認めるに足る証拠はなく、景気変動に備えて雇用量を調整することは、企業の採算上やむを得ぬ面があることは否定できず、そのため設けられた臨時工制度に種々の問題があるとしても、このことから、直ちにその存在理由を欠くと断ずるには足らない。また、原告ら主張の自動更新についての黙示の合意につき、これが成立を肯認できる資料はない。

四(一) しかし、期間の定めのある労働契約においても、雇用期間が反覆更新され、被用者において期間満了後も使用者が雇用を継続すべきものと期待することに合理性が認められる場合には、使用者が更新を拒絶することは実質上解雇と同視すべきであるから、使用者の更新拒絶が信義則上許されないものと評価されるとき、また、これが不当労働行為と目されるときは、無効であると解するのが相当である。

これを本件についてみると、原告福原は同四〇年二月一日、同川久保は同年二月五日、同芦田は同三八年一二月二日、それぞれ期間を六ケ月とする臨時工として被告会社に採用され、その後二ケ月ないし六ケ月と期間を定めて契約の更新を重ね、その間若干の中断期間はあるが、再採用を予定したうえでの中断にすぎず、その作業内容も臨時的なものでなかつたことはすでに判示したとおりであり原告らが期間満了後も雇用関係を継続すべきことを期待していたことは弁論の全趣旨から明らかであるので、同人らが右期間満了後も更に雇用されるものと期待することに合理性がある場合に該当するということができる。

(二)  そこで、本件更新拒絶が信義則上許される場合に該当するかどうかについて考える。

<証拠>並びに弁論の全趣旨を綜合すると、次の事実を認定することができ、<証拠判断省略>。

目黒工場ではすでに述べたように毎年本工登用試験が実施されてきたところ、面接、現場評のほか、適性検査、クレペリン性格テスト、学科の成績結果を綜合して判定が行なわれたが、選考の重点をもつぱら本人の人物の如何におき、面接試験による人物観察と現場評による職場における平常の勤務成績とを最重要視し、面接試験では、工場長以下一〇名の試験官が受験者一名当り約一五分間面接したうえ、試験官がその結果を各人一〇点満点で採点することとし、現場評では、理解力、協調性、積極性、技能、知識、信頼度、勤怠状況、綜合評の各項目毎に、該当職長補佐、職長、担当職員の順に五点満点でそれぞれ判定したうえ、当該課長において右判定をも斟酌して綜合した結果を、四点以上がA、三点以上がB、二点以上がC、二点未満がDという、AないしDの四段階のいづれかにより判定する方法を採用し、右担当職員および課長は、本工(総数は五〇〇名位)について毎年一回実施される勤務評定においても、評定者として同種の作業に従事してきたから、評定作業の経験を有していた。同四一年一月から二月にかけて実施された本工登用試験では、原告らを含む男子三一名が受験したところ(うち一名は中途棄権)、四名が合格し、原告らを含むその余の者は不合格となつたが、原告らの試験成績は、面接において、福原は三〇名中二九位、川久保は福原の一ランク上位(同点者が三名いる。)、芦田はその一ランク上位といづれも最下位に近いランクに位置し、現場評において、福原および芦田はC、川久保はDと判定された(C、Dの判定をされたものは合計六名)。そして、原告らの日常の職場における勤務振りは、現場評からも窺えるように、目に余るような事由はなかつたとしても(ただし、川久保は同四〇年八月厳禁されているビールの盗飲を一回した。)、いづれも積極性、熱意に乏しい憾みがあつた。ところで、本工登用試験には臨時工の殆んど大部分の者が応募したところ、会社から事前に、成績が著しく悪く将来も本工採用の見込がないと判定された者は雇い止めにする旨受験者に対し知らせてはなかつたが、会社はかような臨時工をそのまま雇用を継続することは、臨時工として職場に長く固定することとなり、早い機会に他に転職させることが本人のためにも相当であると考え、同三七年以来右に該当する者については退職勧告ないし雇い止めの措置を採用し、同三七年は約七名、同三八年は一名同四〇年は二名につき、それぞれその措置をとり、本件試験においては、原告らを含む五名が二月一五日の選考会議においてこれが該当者として内定された。しかし、右試験の結果は同月二六日に最終決定のうえ一斉に発表することとしたところ、福原の場合同月二〇日が契約期間満了日にあたり、川久保は同月二八日が再採用予定の日にあたつていたため、雇い止めにするとしても他に転職するための相当の準備期間を設けることが柑当であるため、雇い止めは内定していたものの、福原については同月二一日で契約を更新し、川久保については同月二八日付で再採用することとし、同月二六日原告らに対し試験の結果を通知するとともに原告ら主張の更新拒絶の意思表示をした。

(三)  前記認定事実によると、本件登用試験の判定は、公平性、正確性につき種々意を払い、対象者数も三一名(面接は前述したように三〇名)に達しているから、客観性を欠いているとはいえず、この点に関する原告らの主張は採用できないところ、受験に先立ち被告会社から成績劣悪者は雇い止めされる旨の警告は受けなかつたとしても、従来のこれが前例の取扱は、原告らにおいても承知しまた容易に知りうる状況にあつたことが推認できるから、原告らに対して雇い止めの措置をとることが、同人らに対し不意打ちを与えるものということはできない。そして、かような将来も本工登用の見込のない被用者を引き続き雇用することは、使用者にとり人事管理上も種々問題があることは否定できず、本件の場合、原告らに対し当初の二月二六日付雇い止め通告から期間の満了までに、ほぼ二ケ月以上の余裕を設けているから、以上の諸事情を考え合わせると、本件更新拒絶の意思表示が信義則上許されない場合に該当すると断定するには足りない。すでに判示したように、原告らの日頃の勤務振りに特に取り上げて問題とすべき事由に乏しかつたこと、また、弁論の全趣旨によると、原告らが本件登用試験に応募しなかつた場合、本件雇い止めを受けることなく引き続き雇用される可能性があつたことが推認できるが、これらの事情を斟酌しても、前記結論に変りはない。

五つぎに原告らの不当労働行為の主張について判断する。

原告らが目黒工場にあるサッポロビール臨時工組合の組合員で、それぞれその主張するように組合の役職にあつたことは当事者間に争いがないところ、<証拠>を綜合すると、原告らが右役職にあつた期間は同四一年一月までの一期だけであつたこと、臨時工組合はその発足以来本工組合の指導を受けて受身の立場にあり、被告会社との団体交渉も本工組合に委任し、本工組合の交渉に三役が加わつたにすぎないこと、同四一年までに臨時工組合の三役等の役員で本工登用試験により登用された例が一〇件余りあつたことが認定でき、前掲証拠中右認定に反する部分は採用できず、同四〇年から同四一年初めにかけて、臨時工組合と被告会社間の対立等がそれ以前より激化した等の事実を肯認すべき資料は見当らず、他に原告らの主張を推認させるに足る証拠はない。

そうだとすると、本件更新拒絶の意思表示が、被告会社の不当労働行為意思によることを真の意図とするとは到底認められないから、この点に関する原告らの主張は失当である。

六以上からすると、被告会社の本件更新拒絶の意思表示(原告福原、同芦田に対しては同四一年二月二六日付、同川久保に対しては同年三月一八日付)はいづれも有効であり、本件につき労基法二〇条、二一条が類推適用されるとしても、被告主張の契約終了日までに同条に定める予告期間は経過しているから、本件労働契約は、被告の主張するとおり、福原、川久保については同年四月二〇日、芦田については同年六月二〇日の経過とともに期間の満了により終了したというべく、被告の主張は理由がある。

七よつて、原告らの被告会社との間に労働契約が依然存続していることを前提とする本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当として棄却を免れず、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。(浅賀栄 宮崎啓二 大川勇)

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